脊椎麻酔へ

脊椎麻酔を危険にしている日本の医療行政の現状 



帝京大学の諏訪先生が麻酔メーリングリストに書かれた文章を転載します。
一般の方にも、脊椎麻酔の日本での現状を知っていただきたく転載をお願いしたところ、お許しをいただきました。
以下転載文です。
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☆脊椎麻酔の問題:"c:\data\ane\spacc904.txt"

 脊椎麻酔の問題がここで話題になっています.私は,厚生省・日本医師会・保険組合などに大きな責任があり,日本麻酔学会や個々の麻酔科医の責任はごく小さいと考えます.
下の文章は,今年の始め(1999/01/14(木))に,投書を目的に書いたものですが,教室内で歓迎されなかったので,投書を控えているうちに熱が冷めて機会を失しました.
 基本の情報は,「若い健康な婦人科患者の良性腫瘍摘出で,帝京大学市原病院の近くで脊椎麻酔+鎮静薬で心停止の事故があった」という事実に基づきます.
 ボストン小児病院の林先生の書き込みに関係があります。私の意見です。

諏訪邦夫 kunio.suwa@nifty.ne.jp
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 先日,私の働く病院の近くの医療機関で手術中に心停止が起こり,病院に連絡があって教室の指導医と研修医が駆けつけた.術者が自分で脊椎麻酔をして手術をしていて発生したもので,それ自体はけっこう広く行われていることで,驚くことではない.重大なのはかけつけた人たちが発見した状況である.


 手術中であったというのに,ここには心電図モニターがなく,パルスオキシメーターもなく,おまけに到着時点では酸素も切れていたという.最低限の蘇生の試みはされていたが,心電図モニターがないから心臓がどうなっているか診断ができない.
酸素がないから,蘇生処置が成功する可能性も低い.


 ほぼ同時に到着した救急車で,この患者ははじめて心電図がとれ酸素投与もうけ,現在は何とか蘇生はされてICUに入ってケアを受けている.基本的には元気な若い人なので,回復する可能性も残ってはいる.(その後,ほぼ1週間のケアで正常に近いレベルまで回復しました.)


 問題は,こういう体制で手術をすることが許されている事実である.開腹術でもあり,上記の危険は常にあると思わねばならない.


 世界の趨勢も日本の麻酔科医師の考え方でも,手術らしい手術でそれに必要なだけの麻酔をする際は,かならず医師かナースが専属でケアすることと,呼吸と循環を常時モニターすることとは,最低限の基準である.そうして,この手術は開腹術であるから,十分な麻酔なしには手術はむずかしい.


 しかし,この事故の医療機関に限らず,こうした基準は脊椎麻酔の場合にはまったく守られていない.その基礎には日本の医療が持つ不思議な条件がある.現在の健康保険の料金設定は,全身麻酔は6万円弱であるが,脊椎麻酔は8千円強である.この料金では,脊椎麻酔に使用する針と薬品の価格くらいしかまかなえず,患者の安全をはかるためのモニター機器とその使用料を補償することはできない.

 ましてや患者をケアする人件費はカバーできない. 想像を絶する脊椎麻酔のこの低料金は,40年前から一向に改善されない.しかも,その低料金をいいことに,保険の監査では「この手術に全身麻酔は贅沢だから,脊椎麻酔で行うべき」という注文がつき,パルスオキシメーターのような基本のモニターへの支払いを拒否もされる.


 少し古い1994年の調査であるが,日本で裁判になっている麻酔関係の事故60件あまりのうちで,40件前後が脊椎麻酔が関係するこのパターンである.年間に100万件程度と想像される脊椎麻酔全体の数から見れば,極端に多い数字ではないが,現代の安全な麻酔管理では重大なトラブルは10万件に1件未満と考えられており,それからみると高率である.
 この施設で酸素や心電図モニターさえなかったことからもわかるように,事故の根底には費用の問題以外にも関係者の不勉強・認識の乏しさもある.
 

 それにしても,脊椎麻酔を真面目に行えば医療機関が必ず損をする危険な現状を放置しておく厚生省や日本医師会や保険組合の態度は,この領域に働くものには理解できない.

 行政の怠慢とはいえ,40年にも及ぶのであるから単なる過失障害や致死ではなくて,積極的に医療過誤発生の素地を作っているもので,殺人とか殺人幇助に近いとも言えるのではないだろうか.

 
 関係各位は,脊椎麻酔の料金設定を変更して,安全な手術ができる条件をつくるべきである.それがあってはじめて私たちも体勢を整え,教育にも努めることができる.


 さらに付け加えれば,一般の方々はこんなレベルの医療機関が日本には多数あって,そこで手術を受けるには決死の覚悟が必要なことも承知して欲しい.


脊椎麻酔へ